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NGKストーリー

08 営業と技術の緊密な連携が導いたHPC事業

非ガイシ事業拡大の中心的な役割を担ってきた部門の一つが化工機事業部。営業と技術との緊密な連携により、さまざまな新規事業を模索し、その一つが後にHPC事業として大きく成長することになる半導体製造装置用セラミックスであった。

新規事業に向けたニーズの探索

当社は1960年代から「6:4構想」を実現するため、非ガイシ事業の開拓を進めていたが、そこで中心的な役割を担っていた部門の一つが化工機事業部(現産業プロセス事業部)であった。同部は発足時から新分野での製品開発を使命としており、ニーズの把握とビジネスチャンスの掘り起こしを営業活動の中心に据えていた。他の事業分野と違い、化工機事業部は多様な業界と広く付き合うことが多く、それが新事業探索にふさわしいと判断されたのである。営業がニーズを捉え、技術がそのニーズと当社技術をマッチングさせ、具体的な実現方法を客先に提案する。そうした「技術+営業」のポテンシャルを生かし、新たなテーマの探求とニーズの把握で事業化の可能性を図ろうとしていたのである。

新規事業を開拓していくうえでは、部分安定化ジルコニア(PSZ)や炭化ケイ素(SiC)など当社の各種セラミック材料技術が大きなアドバンテージとなった。食品や廃棄物処理、資源回収などさまざまな分野で用途開拓に取り組んでいった。そこから、例えばビール製造用セラミックフィルターといった成果が生まれた。そうしたニーズ探索のターゲットの一つが半導体製造装置分野であった。

もろいと言われていたセラミックスで過酷な使用条件にも耐える高強度のエンジン部品「セラミック・ターボチャージャー・ローター」の技術は、その後、半導体製造装置用セラミックスでフルに活用された

さまざまな分野で使用されるセラミックフィルター

食品用途で利用されたバイオリアクター

事業化に取り組み、生産能力の強化を図る

半導体分野での探索により、国内半導体製造装置メーカーでウエハー加熱用のセラミックヒーターのニーズを突き止めたものの耐食性がクリアできず、材料を変更しても採用された用途が限定的で大幅な物量増は見込めなかった。

そこで当社は、米国にある世界最大の半導体製造装置メーカーの門戸を叩いた。その結果、薄膜形成装置(CVD)用セラミック部材で好感触を得たのである。ガスに対する耐食性が必要なことから当社の材料が着目されたのだ。ここに事業化の可能性を見出した当社は1994年11月、半導体製造装置用セラミック部材の開発を表明し、翌年から製品化に取り組む。1995年にはHプロジェクトとしての活動が始まり、量産設備の増強も進め、1997年からはシャフト付ヒーターや静電チャックの生産に乗り出したのである。

この背景には拡大を続けてきた世界の半導体市場に加え、後にITバブルと呼ばれた米国を中心としたインターネット関連業界の活況があった。

2000(平成12)年8月、知多事業所に加え、小牧事業所にも生産ラインを新設し、生産能力を強化することによりその後の客先需要の増加にも十分対応することができた。2002年1月には米国の半導体製造装置用モジュールメーカーであるFMインダストリーズ(FMI)の経営権を取得し、部品メーカーから総合モジュールメーカーへの脱皮を図った。FMIは、2010年5月にLJ Engineering & Manufacturing, Inc(LJ社)の事業を取得し、2012年2月にはPraxair Surface Technologies, Inc(PST社)から半導体分野向け溶射部門を事業買収したことにより、米国における半導体製造装置メーカーの重要チャンバー部材メーカーと位置付けられ、業績を大きく伸ばしている。

半導体製造装置用セラミックヒーター

半導体製造装置用静電チャック

製造風景

HPC事業の成功を可能にしたもの

半導体製造装置用製品を扱うHPC事業はその後も成長を続けており、現在、岐阜県多治見市に2019年10月の生産開始を目指して新工場を建設している。

FMI

NGKセラミックデバイスの多治見新工場

当社を支える屋台骨の一つとなったHPC事業。それを可能にしたのは、一つは創立以来培ってきたセラミック材料に関する知見とものづくり技術が挙げられる。エレクトロニクス業界とはいえ、ものづくりに変わりはない。二つ目は新規事業に対する貪欲なまでの意欲である。当時の目標だった「6:4構想」の実現に向け、営業と技術が一体となった挑戦がなければ半導体製造装置用セラミックスが事業化されることはなかっただろう。そしてもう一つ、忘れてならないのが当社の特許戦略である。当社が保有していたジルコニア関連の特許を活用し、国内セラミックスメーカーとクロスライセンス契約を締結したことで製品化が可能になり、関連特許を次々と申請することで圧倒的なシェアにつながった。このような知財戦略もまた、HPC事業を成功に導いた要因の一つであった。